創立142周年記念礼拝
聖書  ペトロの手紙二1章20~21節  詩編119編105~107節
説教 日本基督教団信仰告白(3)「聖書をどう読むか」 田口博之牧師

今日は、名古屋教会創立142周年記念礼拝としてささげています。教会は150年に向けての計画を立てていきますが、142年という長い歴史の上に立っていることを忘れてはなりません。これまでの歩みを振り返るとき、そこには多くの困難や変化があったことを思います。しかしながら、教会が教会として立ち続けてきたのは、神の言葉である聖書に聴き続けてきたからにほかなりません。

名古屋教会の礎を築いた植村正久は、聖書信仰に固く立つ方でした。植村正久は、ペリーが来航した5年後、日米修好通商条約が結ばれた1858年(安政5年)に3千石の旗本の家で生を受けました。大政奉還後に一家は没落しましたが、反骨心旺盛な植村はキリストの教えに真理を求め,16歳のときにアメリカ・オランダ改革派教会のジェームス・バラより受洗。ブラウン塾で英語を学んだ後、東京一致神学校の1期生として、同級生の山本秀煌と共に有松村で伝道集会を行います。有松は、名古屋教会初代牧師となる阪野嘉一の実家があり、そこが集会の拠点となりました。1878年12月、植村20歳、山本21歳の時でした。週報表紙の右肩に小さく記されているように、この年を名古屋教会の伝道開始として記念しています。

実は植村の名古屋滞在は短く、山本秀煌を残して東京に戻り、NHK朝ドラ「風、薫る」の舞台となった下谷一致教会の牧師となります。名古屋に残った山本秀煌は岡崎にも出張伝道し、今の岡崎教会を設立しました。

山本が名古屋を去った1882年、名古屋伝道の重要性を認識していた植村正久は、郷里伝道の志を持ち、東京一致神学校在学中の阪野嘉一を育てます。阪野は名古屋に遣わされてからは、美似教会、今の名古屋中央教会と伝道協力して伝道に励みます。やがて、28名の信徒により教会建設の申し出をし、名古屋教会の教会建設式が行われたのは、今から142年前の1884年5月3日のことでした。

植村正久は、富士見町教会を開拓しますが、名古屋伝道の熱い思いを持っていました。そのことが、日本の開拓伝道地を求めていた米国南長老教会外国伝道局に知れるところとなりました。米国南長老教会は、1887年に男子の夜間英語塾「冀望館(きぼうかん)」を開きます。男子冀望館の館長を務めたのが阪野嘉一であり、そこの英語教師として遣わされたのが、アニー・ランドルフ宣教師でした。中国杭州で女子教育に身を献げてきたランドルフは、男子の冀望館を閉鎖し、1889年9月に3人の女子生徒を迎え女学専門冀望館を開校。その翌年、私立金城女学校と改称します。「黄金のごとく輝きて、城のごとく堅かれ」という意味で金城の名はつけられました。

ランドルフの想いはただひとつ、「神を畏れ、神への奉仕にその生涯を捧げる、 つまり人を愛することをライフワークとする女性の育成」でした。このランドルフの教育方針こそが金城学院の建学の精神でした。

名古屋教会も金城学院も130年を超える長い歴史を共に歩んできました。その歩みの中で、信仰の先達たちは御言葉に耳を傾け、そこから導きを受けてきました。しかし今、少子化や社会の変化の中で、先が見通せない時代に入っています。先週明らかになった金城学院に関する出来事も、その一つの現れといえるでしょう。わたしも理事の一人として、言葉には表せない責任を感じています。政府は私立大学の4割にあたる250校を減らそうとしていると言われています。こうした流れを止めることは難しいと思います。しかしながら、キリスト教を基盤とする学校ですので、流れに乗るとか、流されるのではなく、流れを変えていくことはできると信じます。

なぜなら教会の礎であるイエス・キリストは、死よりよみがえられたお方だからです。小室尚子理事長・大学長は、「金城学院の教育を終わらせるためでなく発展させるため」と言われました。復活の信仰に立つからこそ生まれる言葉です。墓の方を向いていたマリアが振り合えると、そこに復活のキリストが立たれていたように、絶望と思える事柄の背後に主がいてくださいます。どこに眼差しを注ぐかによって、死から命への転換が起こります。わたしたちは、この世の人のように評論家になってはいけません。

名古屋教会も将来計画を立てようとしていますが、危機の時にこそ大切なことは、自分の思いを巡らすより先に、神の思いを問うことです。神が何を御心とされているのかを知るためには聖書に聴く必要があります。神の霊感によって書かれた聖書は、神の御心を表しているからです。

日本基督教団信仰告白は、その冒頭において聖書信仰を語っています。前回は第一段落の前半から、「聖書とは何か」という主題でお話しました。「旧新約聖書は、神の霊感によりて成り」とあるように、聖書は人が書いた言葉でありながら、その人のうちに神の霊感、すなわち聖霊の導きによって書かれた神の言葉です。それゆえに、キリストを証し、福音の真理を示しているといえるのです。

このことを受けて、今日は第一段落の後半について学びます。前半が「聖書とは何か」を語っているのに対して、「されば聖書は聖霊によりて、神につき、救ひにつきて全き知識を我らに与ふる神の言にして、信仰と生活との誤りなき規範なり」という後半部は、「聖書をどう読むのか」を語っているといえます。

まず、「されば聖書は聖霊によりて」とあります。「されば」とは、そうであるから、という意味であり、「聖霊によりて」とは、聖霊の助けによってということです。聖書は聖霊の導きのもとに書かれているからこそ、読むときにも聖霊の助けが必要なのです。人間の知恵や力だけでは、聖書の本質を理解することはできません。

皆さんもCSの説教に当たったときなど、注解書や何らか参考になるものを用いてテキストについて調べるでしょう。インターネットによって、いろんな牧師の説教が読めるようになっていますし、最近ではAIに「このテキストで子供向けに」と尋ねれば、そのまま使えそうな説教原稿も出てくるのです。AIを用いることに関してはいろんな考え方がありますが、わたし自身は、それらは有益な助けになると思っています。

しかし問題は、そこでイエス・キリストと出会えるかどうかです。語る人自身がAIの説教を読んで、キリストと出会うことができなければ、その話を聞く人がどうして出会うことができるでしょうか。ただ、いいお話を聞いた、というだけで終わってしまえば、それはそのときだけの満足であって、聞く前と聞いた後では何も変わらないのです。わたしたちが、聖書を読むときの真の助けとなるのは、注解書でもAIでもありません。

ペトロの手紙二1章20節以下には、「何よりもまず心得てほしいのは、聖書の預言は何一つ、自分勝手に解釈すべきではないということです。 なぜなら、預言は、決して人間の意志に基づいて語られたのではなく、人々が聖霊に導かれて神からの言葉を語ったものだからです 」とあります。

ペトロは、聖書の預言は人間が語った言葉であることを認めつつ、それは人の意志に基づいてではなく、聖霊に導かれて神からの言葉が語られているのだと語っています。だからこそ、わたしたちは聖霊の助けと導きによって読むのです。

聖霊によって聖書を読むときにこそ、聖書は神の言葉であることがわかってきます。神の言葉である聖書は、神の言葉として読まれることを求めているのです。当たり前の話をしていると思われるかもしれませんが、聖書は神の言葉として読むのではなく、知識の言葉として読まれてしまうことも案外と多いものなのです。

日本教団信仰告白も「神につき、救ひにつきて全き知識を我らに与ふる神の言」だと語ります。「全き知識」とありますが、聖書は世の中のすべての事象、科学、政治・経済のしくみのすべてを網羅しているわけではありません。あくまでも聖書は、「神について」、「救いについて」全き知識を我らに与ふる神の言として読むことを教団信仰告白は示しています。

そのことを明らかにするため、続く第二段落で「神について」、第三段落で「救いについて」語っていくのです。すなわち、「主イエス・キリストによりて啓示せられ聖書において証せらるる唯一の神は、・・・」で始まる第二段落において、父、子、聖霊なる三位一体の神について語っています。

そして第三段落の「神は恵みをもて我らを選び,ただキリストを信ずる信仰により,我らの罪を赦して義としたまふ。この変らざる恵みのうちに,聖霊は我らを潔めて義の果を結ばしめ,その御業を成就したまふ」という言葉によって、「救い」について語るのです。

このように、神とは何か、救いとは何かについて明らかにする聖書だからこそ、「信仰と生活との誤りなき規範」となり得るのです。これを「聖書をどう読むか」という今日の主題に照らせば、聖書を「信仰と生活との誤りなき規範」として読むということです。言いかえれば、「信仰と生活との誤りなき規範とならない読み方をしない」ということです。聖書を独りよがりな思いで読んだり、聖書の言葉をつまみ食いして、「聖書にはこう書かれてあるから、こうでなければ」と決めつけて読んでしまうような読み方は、だめだと言っているのです。

たとえば、「イエスさまは『誓うな』と言うから、わたしは誓わない」とか、「イエスさまが、『先生と呼ばれてはならない』と言われるから、わたしを先生と呼んではだめ」など。そんなことを言い始めると、信仰と生活との規範とならない、おかしな読み方になってしまいます。

あるいは、「わたしは聖書のこの言葉が好き、でもこの御言葉は気に入らない。」そのように選び取っていく読み方も危険です。聖書の言葉は、わたしたちの思いに従わせるものではなく、わたしたちを神の御心へと導くものだからです。

「信仰と生活」という言葉が出てきましたが、日本基督教団信仰告白の中で、「生活」という言葉が出てくるのは、ここだけです。聖書が「信仰」の絶対的な規範であることはもちろんですが、「生活」においても絶対的な規範であると告白されているのです。

注意すべきことは、「信仰生活の誤りなき規範なり」ではなくて、「信仰と生活との誤りなき規範なり」と言われていることです。わたしたちは、信仰生活と現実の生活との間を行き来しているのではありません。聖書は日曜日の信仰生活の規範とするけれども、月曜日から土曜日までのウイークデーは、社会生活、学校生活、家庭生活を営んでいるのだから、聖書は規範とならないということはありません。

時間に追われて生きている人がいます。忙しい日々の中で聖書と共に生きることは容易ではありません。であればこそ、週の初めに礼拝をささげるとが大切になるのです。神を礼拝して始める生活が、神と離れがちとなる一週間の生活を規定するのです。神と離れてしまっていた一週の歩みを悔い改めつつ、神さまのもとに帰り、御言葉によって新しくされて、一週の歩みを始めて行くのです。

聖書を「信仰と生活」との規範とするとき、愛のない自分に気づかされます。聖書を前にして祈る時、自分の罪と弱さに気づかされ苦しみます。しかし聖書は、わたしたちを罪の闇に閉じ込めることはせずに光を与えます。その光は罪を白日の下にさらすような光ではなく、罪人を包み込むような赦しと希望の光です。

詩編119編の詩人は歌いました。
「あなたの御言葉は わたしの道の光、わたしの歩みを照らす灯」。
わたしたちが必要とする光は、人生のその一瞬を輝かせるような光ではありません。また遠くを照らす光ではなく、足もとを照らす灯のように、一歩一歩を照らし導いてくれます。命の灯が消えても、その先まで灯し続ける光なのです。御言葉の光に照らされたわたしたちの信仰と生活は、律法主義的な正しさに縛られるのでも、罪を赦された恵みにあぐらをかくのでもなく、よき業の実を結ぶ生き方へと導かれます。

名古屋教会の142年の歩みを導いたのも、御言葉の光でした。そして、これから150年とその先に向けての歩みも、御言葉の光に導かれて進んでいきます。金城学院のこれからも同じです。キリストの名によって立てられた他の学校、施設、団体すべてがそうです。

現代は多くの不安と混乱の中にあります。闇が広がる悩み多き時代です。争いが絶えず、命の尊厳が見失われています。だからこそ今、まことの光を与える御言葉が必要となっています。まことの光が照らされなければ、その暗さは分からないものなのです。聖書の言葉が開かれることが求められています。そのような時代だからこそ、「聖書をどう読むか」。聖霊の導きにより、神の言葉として聖書を読み、信仰と生活の規範として受け取りつつ、これからも共に続けていきたいと願います。