創世記23章1~4節 、ヘブライ人への手紙11章8~16節
「備えられる天の故郷」 田口博之牧師

11月第一聖日は、召天者記念礼拝としてささげています。1階のガリラヤホールには、地上での生涯を終えられて神のみもとへと召された信仰の先輩たち200名もの写真が飾られています。昨日それを見ながら、わたしも直接知る方は40名を超えていて、うちほとんどの方の葬儀をしたことを確かめました。

皆さんの中には、年に一度のこの礼拝を特に覚えて集われる方がいらっしゃいます。以前に教会のある方が、「召天者記念礼拝とイースターの墓苑礼拝は、教会のお盆のようなものですね」と言われたことがありました。ただし聖書には、亡くなられた方の霊が、一時的に戻ってくるという考え方はありません。そもそも「お盆」というのは、中国仏教の「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と、日本古来の祖霊信仰(ご先祖様に感謝する心)が融合したものといわれています。宗派によってお盆に対する考えかたも異なっています。

ちなみにわたしの家はクリスチャンの家庭ではありません。いちおう浄土真宗本願寺派です。真宗では、「ご先祖様がお盆に帰ってくる」という考え方はありません。ですから、お盆飾りもしないのです。けれども、お盆に何もないではいけないということで、「歓喜会(かんぎえ)」と言って、お寺さんのお話を有難く聞いて喜ぶというお盆の過ごし方をします。つまりお盆は、死んだ人のためではなく、生きている自分たちのため行うのです。お寺さんは、そういう説明をいちいちしないかもしれませんが、お盆に集まるのは一つのきっかけです。

召天者記念礼拝も、普段の礼拝と同じく、今生きているわたしたちのために行われていると考えてください。信仰をもって地上を生きられた先達は、天の神様のもとに召され、永遠なる神との交わりにあるのですから、わざわざ戻ってきてくださる必要も、わたしたちのほうが心配する必要はありません。ここで祈り、讃美を歌い、御言葉を聴くことを通して、天の故郷、神の都を望む思いを新たにするところに、召天者記念礼拝を行う意味も見出すことができます。

さて、今日は創世記23章の1節から4節、すなわちアブラハムが妻サラを葬るため、墓を得ようとしているところと、信仰者列伝とも呼ばれるヘブライ人への手紙11章8節から16節を聖書テキストとしました。

ヘブライ人への手紙11章1節には、「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです」と、信仰についての一つの定義が記されています。しかし手紙の著者は、この言葉の意味を論理的に説明をするのではなく、聖書の聴き手であるわたしたちが知っている人たちの名前を挙げ、その人々の生涯の歩みを思い起こさせることで、信仰とは何かを考えさせようとしていきます。

ここに出てくる信仰者の名は、当然のことながら旧約聖書に登場する人々しか書かれていませんが、わたしたちは新約聖書に登場する人々はもちろん、現代にいたる多くの信仰の偉人の名を挙げることができるでしょう。そして、階下の召天者の写真に飾られたお一人お一人が、それぞれの賜物において証を残されています。中には、本人は洗礼を受けておられないけれども、ご家族の信仰によって牧師が葬儀を司り、召天者に加えられた方がいらっしゃいます。そこにもまた信仰の証があります。

幾多の信仰者の中で、筆頭に挙げられるのは8節に登場するアブラハムです。信仰の父と呼ばれる人です。アブラハムの旅立ちは創世記12章に記されていますが、アブラハムは、「あなたは生まれ故郷 父の家を離れて わたしが示す地に行きなさい」と主に命ぜられると、「主の言葉に従って旅立った」と書かれてあります。ヘブライ人への手紙においては、「信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです」とあります。

「信仰によって」とありますが、このときアブラハムは信仰者ではありませんでした。アブラハムが神に行くようにと呼ばれて出発したところから、信仰の歴史が始まったということです。すなわち信仰とは、わたしたちがこれを信じようと思ったところから始まるのではなくて、神に呼ばれて、旅立つところからスタートするのです。今朝の礼拝に集うことも、わたしたちが行こうと決めるよりも先に、神の招きがあるのです。信仰は究極的には、まだ見ぬ天の故郷を目指す、遥かなる旅をする人です。

ところが、「あなたを大いなる国民にする」との約束を受けたアブラハムには子どもがなく、このときすでに75歳になっていましたし、妻のサラも不妊の女性です。人間的な見方からすれば、祝福の源、大いなる国民になる可能性はゼロでした。しかし神は、妻サラとの間にイサクを与えられました。11節「信仰によって、不妊の女サラ自身も、年齢が盛りを過ぎていたのに子をもうける力を得ました。約束をなさった方は真実な方であると、信じていたからです」とある通り、「望んでいる事柄を確信し」たのです。

アブラハムとサラは、二人は二人三脚で、神の祝福の約束を望み見ながら一緒に歩んできました。アブラハムはサラを妹と偽ることで、自分の身を守ろうとしたこともあるので、二人が模範的な夫婦であったわけではありません。信仰者は誰であれ欠けがあります。それでもサラは、アブラハムについて行きました。しかし、アブラハムより10歳若かったサラのほうが、この世の旅路を先に終えることとなります。皆さんの中にも、妻を先に送られた方がいらっしゃいます。よく言われることとして、夫を先に亡くす妻よりも、妻を亡くす夫の方が、ダメージが大きいようです。

もう5年くらい経ったと思いますが、教団の会議でよくお会いしていた牧師がお連れ合いを亡くされました。とても頭の切れる雄弁な牧師でしたが、聞くところによるとかなりの愛妻家だったらしく、その落ち込みは激しかったようです。事実その翌年には牧師を隠退しました。まだ65歳になったかならないかの年齢だったと思います。コロナ禍ということもあり、お会いすることもないままでしたが、あれほど活力のあるあの先生がと思うほど、信じられない思いでした。

アブラハムはどうだったのか。創世記23章2節には、こうあります。「サラは、カナン地方のキルヤト・アルバ、すなわちヘブロンで死んだ。アブラハムは、サラのために胸を打ち、嘆き悲しんだ。」淡々とした記述の中に、アブラハムの嘆き、悲しみの深さを思います。

しかし、いつまでも悲しみに塞がれて、まして隠退するわけにはいきませんでした。サラの遺体をどうするのか、墓をどうするのかという差し迫った課題に迫られたのです。わたしたちもお墓の問題で悩むことがありますが、それでも葬儀を終えてからお墓のことや、納骨について考えるでしょう。ところが、そんな間はなかったのです。十字架に死なれたイエス様は、その日のうちに墓に葬られました。

アブラハムは、約束の地に住んだとはいえ、生涯旅人として歩んだため、自分のものとして持っている土地は一坪もなかったのです。3節以下には、アブラハムがサラの墓をどのようにして得たのか、地元の人との交渉が語られていきますが、2節と3節の間に段落の区切りはありません。アブラハムは、サラの遺体の傍らから立ち上がって言いました。

「わたしは、あなたがたのところに一時滞在する寄留者ですが、あなたがたが所有する墓地を譲ってくださいませんか。亡くなった妻を葬ってやりたいのです。」

アブラハムは、他国から来た人でしたが、信頼が暑かったのです。ですので、人々は「どうぞ、わたしどもの最も良い墓地を選んで、亡くなられた方を葬ってください」と答えました。アブラハムは、この申し出に感謝しつつ、具体的にエフロンが所有する畑の端にあるマクペラの洞穴を譲っていただきたいし、そのために十分な銀を支払う用意があることを伝えます。するとエフロンは、お金などいいから、アブラハムが希望する畑も洞穴も差し上げますと答えます。

ところがアブラハムは、「では、お言葉に甘えて」とは言わず、「どうか畑の代金を払わせてください。どうぞ、受け取ってください」と頼むのです。「上げる」と言われたのに、「払わせてくれ」と頼むのはお人よし過ぎる気がします。しかし、聖書は何も「ただほど怖いものはない」とか、「お墓には十分お金をかけるべき」という教訓を伝えようとしたのではありません。アブラハムは先々のことを考えたのです。

わたしは、四国松山で信仰生活を送りましたが、さや教会という開拓伝道から始めた教会から献身しました。伝道所を開設したときの平均年齢は、牧師と同じ26歳。日本一若い伝道所でした。わたしが役員をしていたときに、会堂建築の幻が与えられました。近くにいい物件があると聞いて見に行きましたが、そこは山林でイメージが湧かず断念しました。牧師はがっかりしましたが、まだ時ではないと感じました。

それから10年以上たち、わたしが名古屋で牧師になってしばらくしてからのことですが、教会の隣地を購入しました。実はそこは牧師の叔父さんの土地でした。叔父さんからはここ貸すから建ててはどうかと勧められたのです。それは教会の力からしてもありがたい話でしたが、牧師は同じ地域の信頼している牧師に相談しました。すると、その牧師は話をじっと聞いて、創世記23章から、アブラハムがマクペラの土地を買った話をされたそうです。さや教会は通常の価格で土地を買って会堂を建てました。

哲学者でありフランス文学者の森有正は、国際基督教大学での講演集『アブラハムの生涯』という本の中で、アブラハムが墓地を買う出来事について触れています。森は、ここには「神様の約束なんか一回も出てこない」、アブラハムは「徹底的にこの世界の中に入ってこの仕事を完成した」、「彼はそれがうまく行くように祈りさえしなかった。」、「この水と油のような二つの世界、霊の世界と肉の世界、この二つをアブラハムの生ける人格だけが結びつけて支えている。」そのような言葉を連ねています。

ここで森が語る「水と油のような二つの世界、霊の世界と肉の世界」というのは、信仰者としての世界と、この世の社会的関係の中で生きる世界ということです。わたしたちもこの世に生きています。信仰生活は熱心だけれども、社会生活はいい加減であったとすれば、信仰者として責任ある生き方をしているとはいえません。一方で、社会的な責任は立派に果たしていても、神との関係がいいかげんなら、こちらも責任ある生き方をしているとはいえないのです。アブラハムのように「水と油」という相容れないはずの二つの規範を担っていくことが、この世においても信頼を得ることができます。

教会もこの世にあります。昨年度末、わたしたち名古屋教会は「日本基督教団名古屋教会規則」と「宗教法人日本基督教団名古屋教会規則」を整えました。前者は教会法、後者は世俗法です。これは、森有正が表現した「霊の世界と肉の世界」において教会が適応していくためです。旧統一協会やオウムの問題があって、日本において宗教団体は危険視されるところがあります。また教会もサイズダウンしており、将来展望が開けずにいて弱気になってしまうところがります。確かに現実を見ない将来計画は絵空事となりますが、わたしたちが見つめるのは現実の数字とか、それだけではないはずです。アブラハムも完璧な人ではありませんでしたが、神の言葉に従ったところから、信仰の道を切り開いていきました。わたしたちは、アブラハムを信仰の父とするならば、現実だけを見て縮こまるのでなく、ビジョンを描くことができるはずです。そして、この世にあって神の栄光を表していくことができる。

アブラハムが取得したサラの墓には、イサク、ヤコブが入り、一族の墓となりました。譲渡されるのではなく、買い取ったことで文句を言われることはなかったのです。そしてこの墓は、死んだ人を葬るための墓でなく、アブラハムの信仰者としての真実を証しするものとなりました。肉の世界、すなわちこの世の人生がすべてと考えて生きるなら、最後は死に滅んで終わりとなってしまいます。そう思えば、死への備えと言っても、生きているうちにお墓を用意する以上のこと考えられないかもしれません。けれども霊の世界、信仰によって生きる人は、この世の人生に執着するのでなく、天の故郷を見つめつつ歩むことができます。

地上の生涯においては、生涯旅人であり、寄留者として生きたアブラハムは。広大な土地を得ることも、家を建てることもなく、手に入れたものといえば、妻サラの墓地だけでした。この世での実績はわずかです。しかしアブラハムは、信仰の父祖として敬う人となりました。それは、アブラハムが神の約束の実現を信じ、「望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認する」信仰の歩みをしたからです。

わたしは、自分自身の歩みを振り返っても、信仰者として生きてきてほんとうによかったと思っています。神の呼びかけに応えて信仰の歩みを始めてほんとうによかった。そうでなければ、きっと見えるものを手に入れることに躍起となって生きてきたと思いますし、何かを得たとしても、それに満足することはなかったでしょうし、得ることができなかったことに心をふさがれて、卑屈になって生きていたと思うのです。たとえ何かを得たとしても、目に見えるものは滅びていく。

アブラハムは約束の地に入りながら、幕屋に住みました。寄留者として旅人のように生きました。今のイスラエルが、アブラハムの思いに立ち帰れば、目に見える土地に固執するはずはないのにと思わされています。ヘブライ人への手紙11章9節、10節には、「信仰によって、アブラハムは他国に宿るようにして約束の地に住み、同じ約束されたものを共に受け継ぐ者であるイサク、ヤコブと一緒に幕屋に住みました。アブラハムは、神が設計者であり建設者である堅固な土台を持つ都を待望していたからです。アブラハムは、神が設計者であり建設者である堅固な土台を持つ都を待望していたからです」とあります。信仰者は、見えるものではなく、見えないもの、すなわち神の都を望みつつ生きていきます。神が備えられた天の故郷を目指して、信仰者は地上を旅するのです。

最後にヘブライ人への手紙11章13節から16節を読んで終わります。
「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。このように言う人たちは、自分が故郷を探し求めていることを明らかに表しているのです。もし出て来た土地のことを思っていたのなら、戻るのに良い機会もあったかもしれません。ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。だから、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいません。神は、彼らのために都を準備されていたからです。」