エレミヤ書33章6~9節、 ルカによる福音書2章1~14節
「クリスマスの平和」 田口博之牧師
ベツレヘム近郊の野原で夜通し羊の世話をしていた羊飼いのもとに、主の天使が近づき主の栄光が照らし、救い主誕生の知らせが告げられたところから始まりました。そこで羊飼いたちは、天の大群の大合唱を聞くことになります。
「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」
この言葉に、クリスマスの目的が込言い表されています。「天に栄光、地に平和」。それにしても、天の大群の大合唱は、羊飼いたちにしか聞こえなかったのでしょうか。「地には平和、御心に適う人にあれ」とありますが、神の御心に適う人、平和が与えられるのは、羊飼いだけだったのでしょうか。その他の人々は、まばゆいばかりに輝く主の栄光の光にも、天からの大合唱も聞こえなかったのでしょうか。だから、この日から2030年経った今も、地に平和がやってこないのでしょうか。
今もマスコミやネットのニュースを見ると、戦争や内戦など武力衝突のニュースが絶えません。しかし、報道される内容はほんの一部です。わたしたちはロシアとウクライナの戦争が4年近く経ち、仲介国による幾度かの停戦提案が出されても戦いが止むことなく、終わりが見えないことを知っています。
イスラエルとハマスの間では、停戦合意されたはずなのに、そこに未だ平和が来ていないことを知っています。発行された「土器」に掲載された「平和聖日祈祷会」の発題は、「私達はこれからもガザから目を離すことができない」と結ばれています。今のガザはどういう状況なのでしょう。報道によると、本格的な冬を迎えている中にあって、燃料不足で暖房設備もないことから、寒さによりたくさんの子どもが死亡していると伝えられています。イスラエル軍は、ハマスが武装解除していないという理由で、経済封鎖を解いてはいないのです。
その他にも、イスラエルとイランの緊張状態は続き、シリア、アフガニスタン、イエメン、スーダン、コンゴ、ミャンマーなど、多くの内戦、紛争が続いています。でも、それらのことは、テレビや新聞、ネット記事を通してのことでしか知ることができず、そこには偏った見方もあります。だとしても、関心を持ち続けることがなければ、祈ることもありません。世界では平和が失われて、何億人もの人々が命の危機にさらされていることを、遠い国の出来事とせずに考え、そして、祈ることを忘れないでいたい。、今年のクリスマスに際して、「クリスマスの平和」という説教題でお話しようと考えて以来、今日までの日を過ごしてきました。
同じ日本においても、わたしたちが近いようで、やはり遠くのこととして感じていることの一つの「熊」の問題があるといえます。これまでも猿や鹿や猪の出現が問題となってきましたが、今年の熊は特別でした。1年の世相を表す漢字一文字は何か、家族の間でも「熊か米だろうな」と話していたら、やはり僅差で熊が選ばれました。昨日も宮城県で、熊に襲われて死んだ人いるという報道がありました。
先週、まきばのクリスマス礼拝がありましたが、雲然教団議長を秋田の地よりお招きしました。11月末に行われた礼拝では、宮城学院の松本周先生をお招きしました。お二人とも、ホテルからまきばまで車でお送りしましたが、熊についてお聞きすると、やはり身近な問題として捉えられていました。わたしはこれまで、熊は冬眠する動物だと思っていましたが、実はもともと冬眠ではなく、冬ごもりをして寒さをしのいでいたとのこと。でも今年は食料がなく、冬ごもりして過ごせるだけの体力がなかったから、町にまで出てきたわけです。はたして熊に責任があるのでしょうか。熊と人間との生活の境界線は案外近かったことを知りました。きっと今年だけの問題では、済まないでしょう。「ある日、森の中、熊さんに出会った♪」と呑気に歌うことができない時代が来てしまいました。
今年、2025年は戦後80年という記念の年でした。先週の日曜日と今朝、早朝5時からでしたが、NHK Eテレ「こころの時代〜宗教・人生〜」で「宗教は戦争にどう関わってきたのか」という特集が放送されました。6名の宗教学者による鼎談です。先週の司会進行は宗教学者の島薗進、今朝は同志社大学神学部教授であり、現学長の小原克博、またカトリックの立場から南山大学で宗教史を教えている三好先生、ほか仏教界、新宗教の専門家がテーマに関する意見を述べていました。
先週の放送では、植民地主義が台頭する明治期から戦中まで、要は平和を求める宗教であるはずのキリスト教や仏教などが、なぜ戦争に協力したのか。また今朝の放送はすべて見たわけではありませんが、戦後、戦争責任をどうとらえてきたかという問題を掘り下げていました。
もう5年ほど前になりますが、戦災により焼失したとされていた戦前及び戦時中の名古屋教会月報の一部が、石川県の小松教会で保管されていたことが分かりました。当時の小松教会の牧師が、教団成立前の浪速中会の書記であり、各教会から送られてくる資料を保管していたのです。その中に今から84年前の昭和16年、1941年12月28日発行の「名古屋教会月報401号」がありました。真珠湾攻撃からまもなく発行された月報です。その年は今日と同じ12月21日が日曜日のクリスマス礼拝で、月報の巻頭はその日の説教要旨が記されています。
「時局下におけるクリスマス」という題です。1941年という年は日本基督教団が成立した年です。設立総会は6月24日、その2日前の6月22日に赤井牧師名古屋教会就職式が行われました。赤石牧師が着任して半年にして、日本は太平洋戦争に突入しました。
貴重な資料ですので、1941年のクリスマス礼拝の説教の冒頭のところを読んでみます。「我らの主イエスキリストは、今を去ること1941年の昔、ユダヤの地ベツレヘムの村に生まれ給いました。此の事は人類の歴史に取って忘れることの出来ない大事件であります。・・・今、私たちは米英を相手とする。古今未曾有の大戦禍の真只中にあります。而して香港陥落を今か今かと待ち焦がれつつ、今日のクリスマスを迎えているのであります。かかる際に、私たちには一体如何なる心構えがあって然るべきなのでありましょうか。またクリスマスそのものも。こうした時局下にあって如何なる意義を持つのでありましょうか。私は今年のこれらのことを宣教してクリスマスのメッセージを致したいのであります。」このように説教は始まりました。
この説教を聞いて皆さんが驚かれたのは、「而して香港陥落を今か今かと待ち焦がれつつ、今日のクリスマスを迎えているのであります」という箇所だと思います。太平洋戦争の始まりといえば、1941年12月8日未明にあった真珠湾攻撃だと誰もが思うことですが、この日、ほぼ同時刻に日本軍は、マレー半島に上陸。また当時イギリスの植民地だった香港攻略作戦を開始したのです。このことを受けて赤石牧師は、香港陥落を説教の中で具体的な祈りとして語ったのです。調べてみると12月25日に香港のイギリス軍は全面降伏します。イギリスではこの日のことを、ブラッククリスマスと呼んでいるそうです。教会はそのようにして、「戦争を下支えした」のです。
このような説教をしたこと、祈ったことは批判されるべきことかもしれません。でも、ことはそんなに単純な話ではないと思います。各家庭でも武器を作るために必要な金属類を拠出しましたが、間接的には誰もが戦争協力していたのです。ではわたしたちは、戦争責任というものをどのように考えればよいのでしょうか。
このことについて、NHKの放送で南山大学の三好先生が、1981年に来日した教皇ヨハネ・パウロ2世の言葉を引用して、先週の放送では「過去の弱さを認めることは、わたしたちの信仰を強める勇気ある切実な行為です」と延べました。また今朝の放送では、やはりヨハネ・パウロ2世が広島で行った平和アピールの言葉を紹介されました。「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。過去を振り返ることは、将来に対する責任を担うことです。」この言葉は、教会の戦争責任を考えるうえで、またわあたしたちが歴史について考える上で、指針とすべき見方だと思いました。
敗戦後、日本は平和憲法を持つ国となります。憲法第9条は、「戦争の放棄」と「戦力の不保持」を定めています。そうしたことからも、「平和」という言葉は、一般的には戦争のない状態を意味すると理解されます。「日本が平和」だとか「平和な時代に生きている」という言葉を発する時は、明らかに「戦争をしていない状態にあるから」そのように言っているわけです。
でも、わたしたちはほんとうに平和を生きているのでしょうか。様々な不安を抱えています。生きづらさがあります。これからどうなるのか先が見えません。聖書で言う「平和」、ヘブライ語のシャロームも、ギリシャ語のエイレーネも同様ですが、「ただ争いがない」という消極的な意味だけでなく、「満ち足りている」、「祝福されている」という積極的な状態を表す言葉です。
イエス様が誕生した時のユダヤはどうだったのでしょう。1節に「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である」と時代背景が記されています。アウグストゥスというのは「尊厳ある者」という意味の称号であり、オクタヴィアヌスが本名です。シーザー亡き後の混乱したローマを平定し、パックス・ロマーナ(ローマの平和)と呼ばれる時代を確立した名君で。
ユダヤのヘロデ王は、ローマ皇帝の権力を後ろ盾にした、いわば傀儡政権として立っていたに過ぎませんでした。アウグストゥスが行った住民登録とは、徴兵と徴税を目的に行われました。イエス様が生まれた頃のユダヤに戦争こそありませんでしたが、人々のローマへの不満がくすぶっていたことは、福音書を読むとよくわかります。とても平和であるとは言えませんでした。ヨセフが身重のマリアを連れて、ナザレから100キロも南にあるベツレヘムに住民登録に行かねばならないほど、人々は抑圧されていたのです。
そして、ベツレヘムに着いたヨセフとマリアですけれども、「宿屋には彼らの泊まる場所がなかった」のです。身重のマリアをおもんぱかる余裕を持つ人々は誰もなく、イエスは家畜の餌を入れる容器である飼い葉桶に寝かせられました。動物の唾液がたくさんついています。いくら布にくるまっていても清潔ではありません。その状態が果たして平和だといえるでしょうか。
しかし、神はそのような絶対的な権力が支配する時代に、また貧しさの象徴と呼べるような場所に、ご自身の独り子を送ってくださったのです。そのような世界に、神は踏み込んでくださったのです。この世の政治家たちの多くは、「力の均衡」や「抑止力」によって平和が築けるのではと考えています。しかし、神の考える平和はそうではありません。弱さを抱え傷ついた人々と同じ場所に立ち、その痛みを共にされる平和です。
平和は戦争がない状態だけを指すものではないということを確認してきました。わたしたちの人間関係においても、それが家族であっても、親子でも夫婦でも、言葉が通い合わなければ、それが平和だとはいえません。社会生活の中で、誹謗中傷や差別を受けて苦しんでいるとしたら、それもまた、平和ではありません。わたしたちは、様々な場面において平和ではない状況に直面しているといえます。でも、まさにそのようなわたしたちのもとに、神は独り子を送ってくださったのです。
天使は羊飼いに、こう言いました「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」ここで言われる「あなたがた」とは、羊飼いたちだけのことではありません。イエス・キリストは、世界のすべての民、平和な状態を失い、救いを必要としているわたしたちすべての人に与えられている神からのプレゼントです。
さきほど紹介した1941年のクリスマス説教、赤石牧師はこう結びました。「今年の如き戦時下にありては、一層クリスマスが盛んに守られて、我ら信徒の心に新たらしき幻を決意とが表はるる機会とならなければならないと信ずるものであります。」
今は戦時下でありませんし、戦争の勝利を祈るべきでもありません。しかし、憲兵の監視下の中で、こういうメッセージを告げなければ、教会を守ることができなかった。そういう状況にあったことをとらえつつ、再びこのような闇の時代を迎えることがないように、新たなる戦前を迎えることがないよう祈り続ける教会でありたいと思います。
