エレミヤ書9章22~23節 コリントの信徒への手紙二10章12~18節
説教 「誇る者は主を誇れ」田口博之牧師
皆さんの中には、今日の箇所をあらかじめ読んで来られた方も、今日の礼拝で聖書朗読を聞きながら、初めてここを読まれた方もいらっしゃると思います。おそらくは、読んでいてよく分からなかったと思います。難しい言葉が使われているわけではありません。たとえば、「限度を超える」という言葉が何度か出てきました。「範囲内」という言葉も出てきました。普段から使う言葉ですが、わたしも読んでいてよく分かりませんでした。パウロは何が言いたいのか。正直困って、このままでは説教できないと思いました。でも、神様分からせてくださいと、祈りながら読んでいました。
分からないと言いながらも、主題だけはすぐにつかむことができました。それが17節の鍵括弧で括られた「誇る者は主を誇れ」です。この言葉を説教題としたように、主題は「誇り」です。10章全体の小見出しが「パウロの誇り」となっていました。パウロという人は、「誇り」について、ある種のこだわりを持っていたように思います。
新約聖書で「誇り」とか「誇る」という言葉が幾度か出てきますが、そのほとんどは、パウロの手紙の中にあります。誇るという言葉は、「自慢する」とか「いい気になる」という意味ですので、あまりいい印象は持たないかもしれません。でも、誇ることが悪いのかと言えば、そうともいえません。誇り、プライドを持って生きることで、自己肯定感を高めることができます。生きづらい時代を生きるうえで必要なことです。困難に立ち向かう力にも通じます。でも、やはり行き過ぎた誇りも禁物です。13節で「わたしたちは限度を超えては誇らず、神が割り当ててくださった範囲内で誇る」と言っています。15節でも「わたしたちは、他人の労苦の結果を限度を超えて誇るようなことはしません」と言っています。限度を超えた誇りは禁物だということを、パウロは自覚していたのです。
また、今日のテキストの初めと終わりの節、すなわち10章12節と18節に「自己推薦」という言葉が出てきます。自己推薦とは、言葉どおり、自分で自分のことを推薦することですが、これもまた誇りと関係する言葉です。自分自身に誇りが持てなければ、自己推薦することなどできません。わたしは、自己推薦など、誰の推薦ももらえない人がすることで、恥ずかしいことのように思う。そういう時代に生きてきました。高校入試でも、大学入試でも、推薦入試などは、スポーツに秀でたほんの一部の人が利用するしかなかったと思います。これだけの実績がある人が推薦に該当するという非常に限られたものでした。その推薦入試が学校の指定枠だとか、スポーツに限らず、内申点とか、リーダーシップとか、生活態度など様々に広がってきましたが、それでも推薦される人は、中学や高校の学校長の推薦がもらえる人でした。わたしの子どもの世代にはそういう入試も当たり前になっていました。ところが今では、AO入試を経て、総合型選抜という名称になっていますが、まさに自己推薦による入試が当たり前に取り入れられています。この制度は受験生にとって有難いものですが、この制度がないと大学側が学生を集めることができずに困るという状況も生まれています。でも、裏を返せば、自己推薦ができなければ世の中が渡っていけない時代になっているともいえます。
ではパウロはどうとらえていたのでしょうか。12節で「わたしたちは、自己推薦する者たちと自分を同列に置いたり、比較したりしようなどとは思いません」と言っています。これはパウロが、自分を非難する敵対者のことを「自己推薦する者」と見なしており、自分はそのような愚かなことはしないと言っているようです。そして18節では、これが今日の結論となる言葉ですけれども、17節の「誇る者は主を誇れ」を受けて、「自己推薦する者ではなく、主から推薦される人こそ、適格者として受け入れられるのです」と言っています。やはり自己推薦する人を否定的に受け止めています。
一方で、敵対者たちもまた、パウロのことを自己推薦する者として非難していました。3章1節の「わたしたちは、またもや自分を推薦し始めているのでしょうか」という言葉は、自分たちは、エルサレム教会からの推薦状を持ってコリントに来たけれども、パウロはそのようなものは持っていない、自己推薦しているに過ぎないという批判です。そのようにして、パウロは誇大宣伝しているのだという批判です。伝道するのに、エルサレム教会からの推薦状が必要であったとするならば、パウロは批判されても仕方ありませんが、そのようなルールはありません。
ところがパウロ自身、5章12節ですけれども、「あなたがたにもう一度自己推薦をしようというのではありません」と言っているのですから、パウロ自身、自分で自分を推薦しているという自覚を持っていたのです。それは、「ただ、内面ではなく、外面を誇っている人に応じられるように」という言葉が続いているように、外面を良く見せるような仕方で自己推薦しているわけではないということです。同じ自己推薦でも、その基準が違うというのです。パウロは、10章12節で「わたしたちは、自己推薦する者たちと自分を同列に置いたり、比較したりしようなどとは思いません」と言っていますが、自己推薦することで自分を誇る人々と張り合う気など,更々ないということをここで語っているのです。
続く12節の後半で、「彼らは仲間どうしで評価し合い、比較し合っていますが、愚かなことです」とあります。わたしたちの社会もまた、互いに評価し合い、比較し合うことで作られる面があります。自分がどんな評価を受けているのか、気にならないという人はいないと思います。そのことを気にしすぎるあまり、病気になることさえあります。一方で、評価するということもまた難しいことです。10章7節に「あなたがたは、うわべのことだけ見ています」という言葉があります。これは敵対者に向けての言葉ですが、わたしたちもまた、人をうわべで判断してしまうことがあります。そうならないように、何を見て評価し、何を見て判断するのか、正しく評価することもまた、難しいことです。正しく評価されたとしても、それが自分にとって満足できるものであることは稀なことです。とてもストレスの多い社会となっています。
そのように評価し、評価されて生きるというのは、とても疲れることです。そこで人はどこかで線を引いて仲間を作ることで防衛しようとします。その仲間うちでは、互いに甘い評価をし合います。そうすることで自分を安全地帯に置くことができるのです。気の合う仲間と一緒にいるときには、心が安らぐでしょう。時に、自分の仲間でない者との間に線を引いて、そことは対立することもあります。そのような図式の中で、パウロは批判を受けたのです。使徒と呼べるような資格もないのに自己推薦して、コリントの信徒たちを自分の仲間にしようとしている。そういう対立関係でしか物事をとらえることのできない人というのは珍しくはないと思うのです。
わたしは大学を出てすぐは広島で就職しましたが、その会社は何度かの合併を重ねた会社でした。今風にいえば、M&Aという言い方になるかもしれませんが、それほど格好のいいものではない。入社した時には、半年後に合併するという話が進んでいて、事実そのとおりになりましたが、副社長も工場長も三人いるような組織となりました。合併する直前、上司から「いいか田口、人は三人寄れば派閥ができるからな」と言われたことをよく覚えています。確かに元の会社の仲間同士で集まって、ひそひそ話をしていました。わたしの場合は入社してすぐの合併でしたし、誰とでも自由に接していました。でも、合併前の会社の上司は、その様子を見て良く思っていないことも分かりました。今日のテキスト、13節と16節に「範囲内」という言葉がありますが、ここからここまでが自分のグループだとして、その仲間内で互いに誇って、グループの外にいる人を非難して足を引っ張っているような風潮がありました。
では、「範囲内」ではなく、やはり今日のテキストに出てくる「限度を超えて」とは、どういうことでしょうか。こちらについては、自分で線引きした範囲内を超えてという意味ではなさそうです。パウロは、「わたしたちは限度を超えて誇らず」と言っています。これは敵対者たちがするように、自分たちを誇るための愚かな線引きはしていないということ。つまり、彼らがする自己推薦というのは、自分たちがする自己推薦の線引きとは違うということです。パウロは、どこで線を引くのは、自分ではなく神がされることだと考えていました。
13節をもう一度読むと、「わたしたちは限度を超えては誇らず、神が割り当ててくださった範囲内で誇る、つまり、あなたがたのところまで行ったということで誇るのです」とあります。「あなたがたのところまで行ったということで誇る」とは、コリントまで伝道に行ったことを誇るということです。この誇りを敵地者たちは非難したのです。つまり、コリントにまで来て今も影響力を残そうとしているのは、限度を超えている。出過ぎたこと、やり過ぎだという非難です。これが自己推薦という非難につながっています。
ところがパウロとしては、わたしがあなた方のところに行ったのは、神が割り当ててくださった範囲内でのこと、限度を超えたと非難されるような誇りではないと捉えていました。14節で「わたしたちは、あなたがたのところまでは行かなかったかのように、限度を超えようとしているのではありません」というのは逆説で、敵対者の言葉を借りてのことです。「実際、わたしたちはキリストの福音を携えてだれよりも先にあなたがたのもとを訪れたのです」というのも、限度を超えたことではない。先頭争いをしたつもりもないし、敵対者たちにとやかく言われる筋合いではないということです。
そして15節、「わたしたちは、他人の労苦の結果を限度を超えて誇るようなことはしません」。つまり他人の手柄を奪い取ろうという思いはない。そう言った後で、「ただ、わたしたちが希望しているのは」と、三つ希望を語っています。一つ目が、「あなたがたの信仰が成長し、あなたがたの間でわたしたちの働きが定められた範囲内でますます増大すること」、二つ目は「あなたがたを越えた他の地域にまで福音が告げ知らされるようになること」、三つ目は「わたしたちが他の人々の領域で成し遂げられた活動を誇らないことです」この三つです。
パウロは、神に割り当てられた仕事を一生懸命やりました。その中で望んでいることは、何よりも、あなたがた(コリントの信徒たち)の信仰が成長することであり、その関わりにおいて、わたしたちの働きも大きくなっていくこと。まさに不相応なことをするのではなく、神に与えられた賜物を十分用いて、委ねられた務めを果たしていること。そのことを通して、福音伝道がコリントを超えてなお進展していくということでした。パウロはローマへの伝道、さらにはイスパニア(現スペイン)への伝道の幻を描いていました。壮大なビジョンを描いていたのです。そこにはすでに他の人々によって福音が伝えられているかもしれないけれど、そこまで到達したからといって自分を誇ろうとする思いなどさらさらない。そこで「誇る者は主を誇れ」という言葉が出てくるのです。
週報の「牧師より」の最後のところに「先週常置委員会が行われましたが、教団四役への意見書、教区総会でのプレゼンなど思わぬ務めを負わされました。教会のことはもちろんですが、さふらん、まきば、関わっている学校のことなど、頭をフル回転させながら過ごしています」と書きました。「誇り」というテーマで話しているせいか、後から読むと「思わぬ務めを負わされた」とか「頭をフル回転させている」というのは、どこか自慢していると受け取られかねない文章になったかもしれないという思いを持ちました。でも書いたことは事実そうなのです。
わたしは普通の牧師であれば、あまりしないことをしているという自覚があります。それでも自分の中では、これは名古屋教会の牧師として遣わされている範囲内のことをしているのであって、限度を超えているとも思っていません。この線までという限度を定めるのは自分ではなく、神さまがなさることなので、託されたことを成すだけだと思っています。それにしても、その限度という線が年々広がっているという現実もあります。その場で発言することが、関わっている組織の在り方に影響力を与えたり、方向付けをしていたりしていることに恐れをいだくこともあります。だからこそ謙虚にならねばならないし、人間的な思いからすれば、こういう仕事をいつまで続けられるのかとも思います。でも、一方で神様が限度を広げておられると考えるならば、それは神様が決められることなので、課せられたミッションとして従うしかないという思いもあります。その思いは、昨日の森祐理さんのコンサートでの証を聞きながら強まっています。
もう随分前になりますが、日本国際飢餓対策機構が主催する世界食料デー名古屋大会で森祐理さんのコンサートをすることになり、わたしがその司会をしたことがありました。彼女は2006年にエチオピアに行き、親善大使になって20年と言われましたが、その前後のことだったと思いますが、わたしの当時の印象は、阪神淡路大震災で弟さん亡くされたという経験をしたクリスチャンの歌手でした。でも、昨日のコンサート、一昨日の準備、当日のリハーサルをご一緒し、コンサートの歌とメッセージを聞きながら、福音歌手として何十倍も成長していると思いました。コンサートに向けて、もっと熱心に声掛けせねばならなかったと悔い改めています。彼女の歌を聞いていて思ったことは、自分の歌声を誇るという思いは全くないということ、ただ自分に歌と証という賜物を与えられた主の道具として、ただ主を誇るという信仰の歌でした。本物でした。だからこそ、聞く人の胸を打ち、涙となるのです。
パウロは17節以下で、「『誇る者は主を誇れ。』自己推薦する者ではなく、主から推薦される人こそ、適格者として受け入れられるのです。」と言いました。パウロは自分の働きに誇りを持っていましたが、その働きが神の恵み、神の力によることを知っていました。だからパウロは、人間的に見れば誇りどころか恥とさえ思える弱さをも誇るのです。パウロは、今日の旧約のテキストであるエレミヤの次の言葉を知っていたのでしょう。
「主はこう言われる。知恵ある者は、その知恵を誇るな。
力ある者は、その力を誇るな。富ある者は、その富を誇るな。
むしろ、誇る者は、この事を誇るがよい 目覚めてわたしを知ることを。
わたしこそ主。この地に慈しみと正義と恵みの業を行う事
その事をわたしは喜ぶ、と主は言われる。」
人は知恵を誇り、力を誇り、富を誇ります。しかし、そのような誇りは意味を成さないとエレミヤは言うのです。それらは、主の御前に吹けば飛んでしまうような誇りでしかないのです。わたしたちがまことに誇りとすべきは、主に知られていると、主に生かされていること、主に愛されていることです。パウロはそのことのゆえに主を誇りとしたのです。主を誇りとするとき、自分の弱さや貧しさも誇りとなります。主がわたしの罪のために死に、そしてよみがえってくださったことを知るならば、自分の手柄などは二の次となり、ただ主のために生きることが喜びとされていきます。パウロは、自身に与えられた限度の中で主に用いられて生きることを誇りとしました。それゆえに、主は更にパウロを用いてその働きは豊かなものとされたのです。その意味で、わたし自身はパウロを手本としたいし、皆さんもそうであってほしいと願っています。
そうであれば、自分の弱さや貧しさを認めて、主に委ねて生きることができます。パウロが12章で述べていくことになりますが、「弱い時にこそ強い」。人の目には誇りどころか、恥としか思えないような弱さをも誇りとして生きることができるようになるのです。
