2022.9.11
ルカによる福音書18章15~17節
「神の国に生きる者」

今日は受付に、三福音書対観表というものも置いておきました。対観表という言葉は聞き慣れないかと思いますが、マタイ、マルコ、ルカの三つの福音書を共観福音書と呼んでいます。ヨハネは視点が違うのですが、ヨハネ以外の3福音書は共通の見方で書かれた記事が多いのです。

その場合、これも異論がありますが、元になったのはいちばん古い時代に書かれたマルコによる福音書であり、マタイやルカは何らかの方法でこれを参考にしているというのが、聖書学の一つの常識となっています。

礼拝説教が聖書研究的になるのは、決してよいことではありませんが、今日の御言葉を聴くにあたり、並行記事のマタイとマルコではどうなっているかを比較することで、ルカが伝えようとするメッセージがより明らかになると思いました。そのときに、聖書をめくっているよりも、一目で見れたほうが便利ではと思い、異例なことですがお配りしました。

比べていくと、同じようだけれども、違いがあることにも気づきます。では、その違いがなぜ現れたのかといえば、そこには福音書が生まれた教会の背景の違いがあるのです。わたしがここでする説教にも、名古屋教会という聴き手の状況は必ず入っています。よその教会で語るとすれば、違った言葉になります。福音書や手紙も、必ず教会の背景があるのです。

用意したペーパーに、それぞれの福音書の記述に違いのあるところが比較しやすくしておきましたが、まず気が付くのが、イエス様のところに連れて来られたのは誰かということです。マタイやマルコが「子どもたち」であるのに対して、ルカは「乳飲み子までも」となっています。子どもたちというと、CSや礼拝統計では中学生も含みますが、通常は大人の半額で乗り物に乗れる小学生、12歳までを考えるでしょう。幼稚園の子も子どもですが、乗り物は無料。まだ幼児です。でも幼稚園の子は乳飲み子ではありません。

ルカの教会には乳飲み子が多く集まっていたのかもしれないと、わたしは想像します。日本では生後ひと月位でお宮参りに行く風習がありますが、西洋のキリスト教国でも、まだ乳飲み子のうちに幼児洗礼を授けることが常になっています。実際にこの聖書の箇所が幼児洗礼の聖書的根拠と言われているのです。名古屋教会でも、子どもというよりも、乳飲み子のうちに幼児洗礼や、幼児祝福を行うことがあります。

ルカがここ「で乳飲み子までも」と記したことには、明らかに意図があります。子どもと乳飲み子は違います。乳飲み子は自分では何もできません。泣くことしかできない、全くの受け身です。夏期休暇中に兵庫にいる次男のところに行きました。上の孫は二才五か月、下の孫は生まれてふた月です。上の孫も小さいと言っても、自分でできることはたくさんある。でも下の孫は泣くことしかできない。お腹がすいたか、おむつが気持ち悪いのか。ミルクを飲んで満足し、涼しさも快適と思えるところに寝かせて、家族は少し離れたところで話をしていると、また泣く。それは、僕を放っておくな、という自己主張だったのでしょうか。

また、この三福音書対観表には、下線を引いていない箇所があります。そこは重要ではないということではなく、三つの福音書に共通しているところなので、むしろ欠かすことができない。それだけ大事だということです。人々が子どもたちを連れてきたときに、弟子たちが叱ったということは共通しています。場をわきまえろ、ここは子どもを連れて来るところではないだろう、まして乳飲み子を連れてくるなど何を考えているのだ、そういうことでしょう。弟子なりにイエス様のことを思って、そう言ったのかもしれません。

するとイエス様は、「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」と言われました。見て分かるように、マルコとまったく同じ言葉ですが、そこには大きな違いがあります。マルコでは「しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた」とあります。子どもを連れてきた人々を叱った弟子たちを見て、「子どもたちを来させない」と言われたのです。かなりきつい口調で、弟子たちに命ぜられた、イエス様の憤りを感じます。

ところが、ルカでは弟子たちを叱ってはいません。叱るのではなく、「しかし、イエスは乳飲み子たちを呼び寄せて言われた」とあります。さすがに乳飲み子を呼びよせて言われたのではなく、乳飲み子を抱いた親たちを呼び寄せて言われたということでしょう。そこには弟子たちへの憤りはありません。「子どもたちは、ここにいていいんだ。子どもたちこそが、神の国に生きる人たちなんだ」子どもたちをお招きくださるイエス様の愛のまなざしと温かな口調が響いてきます。マルコとルカでは一言一句変わりませんが、同じ言葉でも、またその時々の黙想によって、まったく違う新たな響きを奏でるのです。そこに聖書の魅力があります。

子どもを連れてきた人々は誰でしょう。先ず考えられるのは、両親か祖父母です。わたしたちの教会でもそうです。子どもが一人で来ることはなかなかない、乳飲み子なら親です。触れていただくためとは、祝福してもらうためです。その子の頭の上に、手を置いて祝福する。幼稚園の誕生会や、教会でする子ども祝福ではそうしています。

ルカによる福音書を見ると、マタイやマルコと違って、イエス様が親の願いに応えたとは書いていません。書かなくても、その前のイエス様の言葉が、子どもたちへの祝福となっているから、その必要がないのです。

子どもの成長を願って祝福してもらいたいと願うのは、親の常です。わたしたちは、それを当たり前のこことして、この箇所も読んでいます。ただし、聖書の時代の子ども観と、現代の子ども観はまったく違うことも、知っておく必要があります。現代は、子どもがとても大切にされている時代です。子どものためなら、親はどれだけでも自分を犠牲にして子どもを守ろうとします。

少子高齢化ということもあって、将来を担う子どもたちのことを、今は社会全体で考えています。子どもは保護されるばかりでなく、権利の主体者であるという考え方も生まれてきました。日本が国際条約である子どもの権利条約を批准したこともそうです。先週の礼拝でも、幼稚園のおひさまの裁判のことを振り返りましたが、子どもを大切にという流れがなければ、やはりどれだけ訴えても、一部勝訴は難しかったと思います。

聖書の時代には、子どもの権利どころか、子どもが重んじられることなど、考えらえなかったのです。労働力にならないのに食べるだけは食べる。喜んで育ててもらえない子どもは多かった。

イエス様は、そういう時代にあって、「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」と言われたのです。

この言葉を聞いたわたしたちは、子どもは素直だから、神様の話も理屈で考えようとしない、まっすぐに受け入れるから、神の国はそのような者と考えるでしょう。幼稚園の子どもたちを見ているとそう思います。しかし、この言葉を聞いた弟子たちは、うちの先生は、なんてラディカルなことを言われるのだろうかと、思ったはずです。世々の教会も、この言葉を、驚きをもって受け止めた筈なのです。この言葉を土台とすることで、キリスト教の幼稚園が時代を、日本の幼児教育をけん引してきたのです。

裁判書に出した陳述書にも、イエス様が子どもをどのように見つめていたか、そこにこそ現代の子どもの人権理解と、キリスト教保育の根本があることを記して、今日のテキストのイエス様の言葉も引用しました。

今日の説教に向き合いながら、イエス様が「神の国はこのような者たちのものである」。「子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」そう言わなければ、教会はいったいどうなっていたかとふと考えました。後から出てくる金持ちの議員のように、律法をきっちりと守らなければ神の国に入ることができない。聖書をよく勉強している人こそが、神の国に入ることできる。そういう方向に向いていたのかもしれません。

教会の幼稚園も、効率優先、能力主義の先頭を進むようになってしまわなかったかもしれない。イエス様のこの言葉があったからこそ、子どもたち一人一人を見つめ、子どもの個性を重んじる教育が出来てきたのではないかと。

あるいは、この箇所のよくある説教は、「子どものように、素直な人にならなければ、神の国に入ることはできない」というものです。でも、そうなってしまうと、素直になるということが救いの条件になってしまいます。そうならないように、ルカでは乳飲み子が加えられていると読むことができます。泣いて訴えても何もしてもらわなければ、赤ちゃんは生きることができません。ただ親の愛にすがるしかない。信仰も同じです。自分には何もない、神の愛によりすがって生きるしかない。ただ神の憐れみを求める。その者が神の国を生きるのです。自分がではなく、自分を神様に明け渡して、神の憐れみを求める。その者たちを、イエス様は祝福してくださるのです。