哀歌3章22~24節   コリントの信徒への手紙一1章1~7節
「慰めを豊かにくださる神」田口博之牧師

2024年度の名古屋教会の標語は「慰めの共同体」としました。そこには名古屋教会が、魂の配慮に満ちた慰めの共同体として歩むことを願ってのことです。共同体とは教会と呼び変えてもいいのですが、そもそも新約聖書で教会と訳した元々の言葉エクレーシアは、「呼び集められた者たちの群れ(集会)」という意味なので、教える会と書く教会よりも、共同体と訳す方が適しているといえます。教会というとわたしたちは建物を考えますが、人が呼び集められて共同体を結成する。その共同体を召集されたのは神様です。

では、わたしたちを集めてくださっている神は、どういう神なのでしょう。今日のテキストであるコリントの信徒への手紙二の1章3節に、「わたしたちの主イエス・キリストの父である神、慈愛に満ちた父、慰めを豊かにくださる神」とあります。

神について、ここに三つの見方がされています。はじめに「わたしたちの主イエス・キリストの父である神」とあります。わたしたちは神のことを父と呼びます。2節の「わたしたちの父である神」の言い換えですが、イエス様こそが神の独り子です。独り子であられるイエス様が、弟子たちに祈りを教えられたときに「父よ」と呼んでいいとおっしゃいました。だから、わたしたちもまた、神のことを「父なる神」と祈ることができます。しかし、正しく言えば、「わたしたちの主イエス・キリストの父である神」であるに違いありません。

さらにそのお方は「慈愛に満ちた父」だと言うのです。親が子を常に慈しみ愛してくださるように、罪の中で滅んでいくわたしたちを憐れみ、心を動かしてくださるのです。イエス様が神を父と呼んでいいと言われたので、わたしたちは神の子になったのではありません。神が慈愛に満ちたお方であるから、わたしたちを子どもとして迎え入れてくださったのです。

そのことだけで大きな慰めですが、パウロは更に「慰めを豊かにくださる神」と呼んでいます。皆さんは祈りを始める時、何と言われているでしょうか。「天のお父様」と呼びかける人がおられます。その方はきっと、幼い頃にそのような祈りを覚えられたのだと思います。わたし自身は、父なる神様と言っても、天のお父様と言ったことはありません。わたしの言葉にはない。ここでのパウロのように「わたしたちの主イエス・キリストの父である神」と呼びかけることはありますし、「慈愛に満ちた父」と言葉を重ねることがあるかもしれない。しかし、「慰めを豊かにくださる神」という呼びかけをしたことはないように思います。 それは、「慰めの共同体」という年度標語を立てたものの、わたし自身が「慰め」という言葉を、それほど多く使ってきた言葉ではないからです。どうでしょう。皆さんが「慰め」という言葉を聞いたときに、どこか弱々しくセンチメンタルな響きを感じることはないでしょうか。

慰めという言葉を辞書で調べてみました。すると「和む」という言葉と関りがあることが分かりました。和むとは、平和の和という字を書きます。確かに慰めが与えられると、心が和やかになります。また、こちらは孫引きなのですが、1972年初版、小学館の日本語大辞典には、「慰め」について「キリスト教では、悲しみや悲しみにある者、弱い者を神が励ますことを言う」という語釈が加わっています。これは、慰めという言葉には、日本人が知らなかった深い意味、強い意味があることを、キリスト教会が教えたということを意味します。

もともと、日本語の「慰め」に対応するギリシャ語があるわけではありません。新約聖書が書かれたギリシャ語で、慰めはパラクレーシス。慰めるという動詞にするとパラカレオーとなります。パラは傍ら、カレオーは呼ぶ、英語のコールです。つまりかたわらに呼んで話をするということです。傍らに呼ぶのは神ですから、勧めるとか、励ますと訳されることもあります。遠くに立って大声で叫ばれたところで、勧めにも、励ましにも、慰めにもなりません。

パラクレーシスから派生した言葉にパラクレートスがあります。ヨハネによる福音書の14章から16章にかけてのイエス様の告別説教に何度か出てきます。新共同訳聖書では弁護者と訳されているのがパラクレートスです。14章16節では、「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる」と、聖霊を送ることを約束しています。ここでパラクレートスを弁護者と訳すのは、「かたわらに呼びよせられる者」という意味からです。聖霊は、罪を犯した人のそばに呼び寄せられて、弁護する人となります。あるいは、悲しんでいる人を傍らに呼び寄せて、励ましてくださるということから、「助け主」とか「慰め主」と訳されることもあります。「聖霊」のことがよく分からないという声をよく聞きますが、そのような人格的な存在として理解すると、分かりやすいのではと思います。わたしたちが罪に滅びることがないように弁護してくださり、いつも傍らにいて慰めてくださるお方です。

すると、「慰めの共同体」という時、集められたわたしたちが互いに配慮し、慰め合うということの前に、聖霊なる神の慰めを受けているという理解が生まれてきます。教会の交わりは、何よりも神の慰めを共有するのです。そこに教会の交わりが生まれます。そのためには、礼拝で語られる説教が慰めの言葉でなくてはなりません。言い方を変えれば、律法主義的な説教をしていてはいけないということです。真実の慰めの言葉は、罪の赦しの言葉です。あなたは「いい子いい子」と、頭をなでるような慰めではなく、罪と死を滅ぼす慰めです。それほどに力強い慰めです。その意味で慰めも救いも一つのことといえます。神の慰めは、単に心が和んで、穏やかになる、それだけではないのです。

今日、コリントの信徒への手紙二1章1節から7節を読みました。読んで気づかれたと思いますが、3節から7節に「慰め」と「慰める」という言葉が、繰り返し出てきます。ドイツのクリスチャン・メラーという実践神学者は、ここを読んで「慰めの賛歌」と言っています。加藤常昭先生が訳されたクリスチャン・メラー著『慰めのほとりの教会』の中にこういう一文があります。

「これは『慰めの賛歌』である。パウロが歌い始めることができた賛歌である。使徒は神から慰めを受けた。この慰めは自分だけに取っておくことはできず、教会という慰めの共同体の中で更に手紙にしていかずにおれない慰めである。慰めというものは、人間が自分だけにとって置こうとすると虚しくなる。私が受けた慰めは、私をして他者を慰めずにおれないところに置くものなのである」と。

パウロがコリントの教会との間で考えたのは、慰めの共有です。コリントへの信徒への手紙は1と2を合わせると29章あります。パウロのコリント教会への愛がよく伝わります。ところが、パウロが第二の手紙を書いたとき、コリント教会との関係はよくありませんでした。コリントはパウロが伝道しているうちに、いくつかの共同体(人が集まるところ)が生まれてきました。しかし、パウロがコリントを離れた後で、パウロに批判的な人が現れてパウロの信頼性が失われてきたのです。具体的には、パウロがイエス様の直接的な弟子ではなかったことから、パウロが使徒であること疑う人が出てきました。そんなパウロの思いが1節の挨拶の言葉からも読み取ることができます。

「神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロと、兄弟テモテから、コリントにある神の教会と、アカイア州の全地方に住むすべての聖なる者たちへ。」そのような言葉でこの手紙は始まります。使徒とは、遣わされた者という意味ですが、遣わすのは神です。パウロは、神の意志によって使徒として召されました。そして、「キリスト・イエスの使徒とされた」と言うことによって、キリストによって生きていることを明確にしています。

そんなコリントの教会との緊張関係があった中でも、パウロは「コリントにある神の教会」と呼んでいます。「アカイア州の全地方に住むすべての聖なる者たちへ」とあるのは、信じる人々の共同体がコリントという市の周辺の町村にまで広がっていたことを意味します。それは喜ばしいことですが、パウロを陥れるような評判が広がっていたともいえます。パウロは多くの迫害を受けましたが、誤解されるのも辛いことです。様々な苦難の中にあり、慰めを必要としていたのです。そのことは、コリントの信徒への手紙二を読んでいくとよく分かります。それでもパウロは、コリント信徒たちに慰めを共にしてほしいと求めるのです。

今日のテキストの最後に「あなたがたが苦しみを共にしてくれているように、慰めをも共にしていると、わたしたちは知っているからです」と述べています。かつてわたしの苦しみを共にしてくれたことを思い起こさせようとしています。

学生時代に部活動をされた方は、共に労苦した仲間と、かけがえのない友情が生まれたのではないでしょうか。卒業してから連絡を取ることもあまりなかったのですが、多くは一線を引いて時間ができたからでしょうか。最近になって大学時代の同級生のLINEグループができ、これに招待されました。もっぱら健康の話が主流です。がんが見つかったとか、手術したとか、入院したとか。苦しみと共に慰めを共にすることを求めていることを思います。

しかし、友人だからといって慰め手になれるかといえば、簡単なことではありません。旧約のヨブ記を読まれた方は、大枠のストーリーをご存知でしょうが、ヨブは大きな苦難に襲われましたが、これを受けとめる信仰の持ち主でした。ところが、2章の終わりですが、災難が降りかかったヨブを見舞い慰めようと、三人の友人がヨブのもとを訪ねるのです。ヨブの心を頑なにした迷惑な慰め手です。ところが、ヨブ記2章13節には「彼らは七日七晩、ヨブと共に地面に座っていたが、その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった」と書かれてあります。彼らはヨブを純粋に慰めようとしたのです。七日七晩、ヨブと共に地面に座るなど、簡単にできることではありません、彼らは徹頭徹尾ヨブに寄り添おうとしました。彼らは決して、不愉快な慰め手ではなかったのです。

ところが、彼らはヨブの苦しみを理解できず、逆に頑なにしてしまったのです。ヨブは、自分が生まれた日のことを呪いはじめます。そこで三人の友人たちは、代わる代わる説得し始めるのです。ヨブは16章2節で「そんなことを聞くのはもうたくさんだ。あなたは皆、慰める振りして苦しめる」と言います。彼らの慰めは、ヨブにとって慰める振りとしか思えず、苦しみにしかならなかったのです。21章34節では、「それなのに空しい言葉で どのようにわたしを慰めるつもりか。あなたたちの反論は欺きに過ぎない。」ヨブはそのように結論づけてしまうのです。ヨブ記というのは、慰めることの難しさを教える書となっています。正しい言葉でも、語れば語るほど、相手の心を頑なにしてしまう。わたしたちの言葉で、慰めを与えることは難しいのです。ではどうすれば、で教会が慰めの共同体となりえるのでしょうか。

先ほどのコリントの信徒への手紙二1章3節から7節ですが、あらためて数えてみると「慰め」という言葉が全部で9回出てきました。まさに慰めの賛歌です。それと共にここには「苦しみ」という言葉もたくさん出てきます。教会が慰めの共同体となり得るのは、わたしたちの経験に基づく慰めの言葉ではなく、わたしたちが受けたあらゆる苦難を神が慰めてくださっている。パウロはそのことをよく知っていたのです。まことの慰め手である神を知るものこそが、他者に慰めを与えられることができます。

しかし、ことはそう簡単なことではありません。わたしたちは、苦しんでいる人と同じような経験をしたことがあると、その人と同じところに立てると考えてしまいます。しかし、「あなたの気持ちは分かる」と言っても、それが余計な言葉になることがあります。あるいは、慰めを必要とする人の側に立って、自分が大きな苦難を乗り越えた話しをしたとしましょう。ではその話を聞いた人にとって、勇気と希望が与えられるかといえばどうでしょうか。むしろ、あの人はそんな苦難を乗り越えているのに、わたしはどうだろうか。あの人とわたしは違う。わたしには無理と、さらに落ち込んでしまうことにもなりかねません。

苦難というのは、その問題が解決して初めて慰めが与えられるのではないのです。5節に「キリストの苦しみが満ちあふれてわたしたちにも及んでいるのと同じように、わたしたちの受ける慰めもキリストによって満ちあふれているからです」とあります。わたしがここを読んだときに、「キリストの苦しみが満ちあふれてわたしたちにも及んでいる」という言葉の意味がよく分かりませんでした。というのも、イエス・キリストは、わたしたちが受ける苦しみをすべて経験されたという言い方をすることがあります。確かにイエス様は、わたしたちが受けるべき苦しみをすべて十字架に背負われて死なれました。でも、その一方で、わたしたちの個別の苦しみをイエス様ご自身が担ったと、どうして言えるのかとも思うことのです。誰もがそれぞれの固有の苦しみを持っているからです。

ところがパウロは、わたしたちの苦しみは、キリストの苦しみがあふれ出たものではないかと言うのです。つまりわたしたちの苦しみは、イエス様の苦しみのおこぼれなのだと。そうであるならば、この苦しみも賜物として受け止めることができるのではないでしょうか。わたしの苦しみはイエス様も受けられた苦しみである。そう思うことで苦しみも慰めとなります。イエス様は死に打ち勝たれたように、そこにおいてわたしたちの苦しみは乗り越えられるものとなります。

「キリストの苦しみが満ちあふれてわたしたちにも及んでいるのと同じように、わたしたちの受ける慰めもキリストによって満ちあふれているからです。わたしたちが悩み苦しむとき、それはあなたがたの慰めと救いになります。また、わたしたちが慰められるとき、それはあなたがたの慰めになり、あなたがたがわたしたちの苦しみと同じ苦しみに耐えることができるのです。」

パウロは、この手紙を通して、自分と対立関係にあったコリント教会が慰めの共同体となることを期待しています。わたしたちの歩みが、神の御心に背くものであったとしても、神の教会、聖なる者たちと見てくださり、裁きではなく愛の御言葉を贈ってくださいます。その思いを受けとめつつ、コリントの信徒への手紙二から養われたいと思います。慰めの共同体として神の御心にそって歩んで行けるよう祈り求めつつ。