ルカによる福音書19章28~40節
説教  「主がお入り用なのです」 田口博之牧師

イエス様が、ろばの子に乗ってエルサレムに入城されるこの記事は、四つの福音書のすべてに記されています。教会の暦では、棕櫚の日、受難週が始まる日曜日のテキストとして読まれます。日本基督教団でも4年サイクルの主日聖書日課が出ています。これを用いて礼拝している教会では、4年ごとに四つの福音書から、エルサレム入城の記事読むことになるのです。

名古屋教会は、教団の聖書日課を用いてはいませんが、今年の4月10日の棕櫚の日では、マルコによる福音書11章1節から11節から、「ダビデの子、ホサナ」という説教題で聖書日課から説教しました。今日は棕櫚の日ではありませんが、ルカによる福音書のエルサレムへの旅の終着点という思いの中で、この御言葉に聞きたいと思います。

ある程度の信仰生活を重ねている方は、イエス様がろばの子に乗って、柔和な王としてエルサレムに入られたとき、大勢の群衆がなつめやしの枝を持って「ダビデの子にホサナ」と賛美の声を上げて歓迎した。このようにして、エルサレムに入られたイエス様の最後の1週間が始まるということを承知されているのではと思います。

ただし、それぞれの福音書で書き方の違いもあります。棕櫚の日と呼ばれる根拠となった「なつめやしの枝」が出てくるのは、ヨハネ福音書だけです。「ダビデの子」という呼称も、実はマタイにしか出てこないのです。38節に「主の名によって来られる方、王に、 祝福があるように。 天には平和、いと高きところには栄光」とありますが、ルカのテキストには「ホサナ」という言葉も出てこないのです。むしろベツレヘムの野原での天使の賛美と響き合います。

ピラトの裁判のとき、エルサレム入城のときには、歓呼の叫びをあげてイエス様を迎えた群衆が、舌の根も渇かぬうちにイエス様を「十字架につけよ」と叫んだ。そのように群集心理を描くような説教をしがちになるものですが、ルカからは、そのようなメッセージは導かれません。なぜなら、イエス様のエルサレム入城の際に賛美したのは、エルサレムで迎えた群衆ではなく、これまでイエス様と共にエルサレムへの旅をしてきた弟子たちだったからです。

36節以下に「イエスが進んで行かれると、人々は自分の服を道に敷いた。イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた」とあります。弟子たちはエルサレム入城にあたり、イエス様と出会ってから今日までのことを振り返って、感無量の思いが込み上げてきたのではないでしょうか。

面白いなと思うのが39節、ファリサイ派のある人々の「先生、お弟子たちを叱ってください」という発言です。わたしたちは、ファリサイ派というとイエス様と対立した人々という捉え方をしていますが、必ずしもそういう人ばかりではありません。特にルカは、イエス様をよく理解していたファリサイ派の人も描いてきました。ここで弟子たちを叱ったファリサイ派の人々も、弟子たちの無理解を思ってのことではなかったでしょうか。

ところがイエス様は、「言っておくが、もしこの人たちが黙れば、石が叫びだす」とお答えになります。「石が叫ぶ」とは、象徴的な表現です。これまでイエス様は、誤ったメシア理解が広がらないように「このことは誰にも言ってはならない」とたびたび言われていました。しかし、エルサレムに入ったら、もう黙っているような段階ではない。ここで口をつぐめば、口を利くはずがないような石さえも叫ぶであろう。そういう時が来ているということを伝えようとしたのでしょうか。

イエス様のエルサレム入城から一週間のうちに起こることは、この後、世界の歴史を動かすことになります。弟子たちが賛美したように、イエス様は、世を統べ治められる王として、エルサレムに入られました。しかし、そのために十字架にかかり復活された。弟子たちが思い描いていたことを、はるかに凌ぐことが起こったのです。イエス様はいかにも王らしく、軍馬に跨って威風堂々と入られたのではありません。柔和な王として、しかも「まだだれも乗ったことのない子ろば」に乗って入られたのです。

「まだだれも乗ったことのない子ろば」と聞くと、聖なる務めを果たすのにふさわしい動物と考えるかもしれません。ところが、「まだだれも乗ったことのない」というのは、調教されていないということです。乗りこなすのは並大抵ではありません。しかも大人が子ども用の小さな自転車に乗るようにアンバランスです。「まだだれも乗ったことのない子ろば」を用いるとすれば、よほど慣れた人が手綱を引いて荷物を乗せる、そのようなことしかできないのではないでしょうか。

そういう意味で、イエス様は王としては似つかわしくない姿で、エルサレムに入られたのです。ではどのようにして、このろばを手に入れたのでしょうか。今日のテキストの前半部に書かれてあります。イエス様は、二人の弟子に「向こうの村へ行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、引いて来なさい。もし、だれかが、『なぜほどくのか』と尋ねたら、『主がお入り用なのです』と言いなさい」。そう言って弟子たちを遣わしたのです。

そう言われた弟子たちは、咎められたらどうしようと思ったのではないでしょうか。持ち主からすれば、弟子たちがしていることは泥棒です。「主がお入り用です」と言っても、通用するはずがない、後ろめたい思いで向かい、どきどきしながら連れてこようとしたと思います。案の定、その持ち主たちに見つかり、「なぜ、子ろばをほどくのか」と言われました。二人は、イエス様から教えられたとおり「主がお入り用です」と答えます。するとこのろばは、イエス様のもとへ引かれて行ったというのです。

どうでしょう。「主がお入り用なのです」という言葉で、連れて行くことが許されたのは不思議な気がします。ですから、このところで、イエス様はあらかじめ、ろばの持ち主に頼んでいたとする解釈があります。そうでないと説明がつかないというのです。それは現実的には考えやすいと思いますが、聖書はそんなことは書いていません。この出来事を小さくしてはなりません。

たいせつなことは、「主がお入り用なのです」と言われたのは、イエス様だということです。今日の聖書の箇所からわたしたちが問われていることは、「主がお入り用なのです」という主のお言葉にどう応えるかです。二人の弟子はこの言葉を携えて、向こうの村へ出かけていきましたが、「主がお入り用なのです」と伝えることは、易しくはありません。「何を言っているのか」と叱られそうです。しかし、自分たちで何を言おうかと考えて言うことよりも、主の言葉は確かです。二人はそう信じて、主が言われたとおりに伝えたのです。

先月の「キリストへの時間」は、放送開始70周年月間として、担当する教会と学校の代表が説教しました。その中で、わたしが特に印象深く聞いたのは、金城学院の小室尚子学院長のお話でした。小室先生は「伝える」というフレーズを繰り返されました。どう言われたか、正確に覚えているわけではありませんので、わたしなりの言葉となりますが、要はキリスト教は伝える宗教だということです。二人の弟子たちも、イエス様が言われた言葉をそのとおり伝えました。パウロは、「わたしがあなたがたに伝えたものは、わたし自身、主から受けたものです」と、聖餐制定の言葉を伝えました。2千年の教会は、福音を伝えることを使命としてきたのです。キリストへの時間が70年間してきたことも、ラジオの電波を通してキリストを「伝える」ということでした。礼拝も御言葉を伝える時です。「伝道」というと、構えてしまうかもしれませんが、それは御言葉を誰かに伝えることでしかないのです。自分が何を信じていることを伝える。伝えなければ、1ムナは1ムナのまましまっておくことになってしまうのです。

そして、「伝える」ことと共に、もう一つ今日のテキストから聞くべきたいせつなことは、伝えられた言葉にどう「応える」のかということです。「主がお入り用なのです」とわたしたちが言われたとき、それにどうお応えするのかが問われています。大事なことは、子ろばの持ち主が、弟子たちが伝えた主の言葉にお応えたということです。これまで大切に育ててきた子ろばを、惜しむことなく手放しました。主に用いていただこうとしたのです。いや、この時のために、この子を育ててきた、そんな思いではなかったでしょうか。

榎本保郎という牧師がいます。榎本牧師は、「ちいろば先生」と呼ばれました。「ちいろば」とは「小さなろば」という意味です。榎本牧師は、イエス様を乗せた、小さな子ろば、ちいろばになりたい、と願ったとのです。自分は、力もなく、見栄えも良くないけれど、その自分にイエス様が乗ってくださるならば、何とうれしいことか、何と誇らしいことかと。そのように思えるとすれば、何と素晴らしいことでしょう。

このときの小さなろばが、この後どうなったか、聖書は何も記してはいません。きっと。持ち主のところに帰されることはなく、イエス様を乗せたことを喜びとしながら、まことの主のご用にために働き続けたのではないかと思います。

今日の聖書に、ホサナと叫んだ群衆は出てきません。賛美したのは弟子たちです。ルカはエルサレム入城の記事を、徹底してわたしたちの物語として描いています。主に従うことを喜びとし、主の言葉をきっちり伝えていく。そして、「主がお入り用なのです」と言われたとき、「わたしはここにいます」。そう応えることを主は願っておられるのです。