2023.2.26 詩編110編1~7節  ルカによる福音書20章41~44節
「メシアからの問い」

先週の水曜日に、四旬節レントに入りました。以前はレントの期間は消灯礼拝といって、七つの燭台に用意したろうそくの火を1本ずつ消していく、そのような礼拝をしていました。ですから、四旬節第一聖日の今日は6本のろうそくが、礼拝の終わりまで灯されることとなります。コロナ下の換気の問題を鑑みて、4年前からそのやり方は控えることとしました。

けれども、紫のろうそくを用意し火を消すということは、悔い改めを表わす表現の仕方であって、たいせつなことは、これからイースターを迎えるまでの期間は、十字架の道を進まれるイエス様と歩みを共にするという自覚を持って歩むということです。そのことの一つのしるしとして、名古屋教会ではかねてより克己献金を行っています。克己とは、己の欲望に打ち勝つという意味の言葉ですけれども、克己献金は、わたしたち教会のためにする献金ではなく、今困難な状況にある外の人々を覚えて捧げる献金です。まだ具体的にどこに送金するは決めていませんが、受付でも行っているシリア・トルコ大地震の被災者、ロシア侵攻から1年以上経ったウクライナの人々のことも覚えることができればと思います。わたしたちの想像を絶する厳しい状況に置かれている人が大勢いらっしゃいます。

よく、その人たちのために何かしたいけれど、祈ることしかできないという声を聞くことがあります。それは正直な気持ちだろうと思いますが、克己献金はそんな祈りを具体化する一つの行為として考えることができます。たとえばお酒が好きな方は、ビールを買うことを我慢してレントの期間はその分を貯金する。コーヒーが好きな方は、レントの間に喫茶店に行くのを控える。そのようにして貯めたワンコインも40日経てば、結構な額になるはずです。それを克己献金とすることで、被災者への具体的な支援となります。そのようして祈りを形にしていくのは、レントの歩みにおいてふさわしいことではと思うのです。

わたしたちは、ルカによる福音書を順に読んでいますが、イエス様がエルサレムに入城されてからの最後の1週間を記すテキストを読んでいくということも、レントにあってふさわしいことだといえます。今日の場面もそうですけれども、ルカによる福音書の19章の終わり、宮清め以降、20章、21章の舞台はすべて、エルサレム神殿の境内での出来事となっています。20章で繰り広げられていたのは、イエス様とユダヤ教の指導者層、律法学者、ファリサイ派、祭司、サドカイ派の人々との論争でした。前段21節以下では、サドカイ派の人々との復活についての問答がありましたが、40節「彼らは、もはや何もあえて尋ねようとはしなかった」で終わっています。イエスの反対者たちは、普段は激しい議論を交わし、互いに敵対することもありましたが、イエス様をおとしめるためには手を組んで、質問攻めにしたり、言葉尻をとらえようとしたりしたのです。しかし、上手くいきませんでした。それで、「彼らは、もはや何もあえて尋ねようとはしなかった」のです。イエス様が守り勝ったわけです。

ですから、そこで終えてもよかったのですが、攻守所を変えてと申しましょうか、今度はイエス様のほうから問いを発したのが、今日のテキストとなります。イエス様は彼らに言われました。「どうして人々は、『メシアはダビデの子だ』と言うのか」と。

メシアとは、普通に訳せばキリストですが、ヘブライ語で「油注がれた者」という意味です。旧約の時代に、王、預言者、祭司など、神によって特別な務めが与えられた人に対して「油注ぎ」の儀式が行われました。イエス様の時代のユダヤでは、かつてのダビデの様な王が登場して、ローマの支配から解放してくださる強いメシア待望論が高まっていました。しかも、そのようなメシアは「ダビデの子」すなわち、ダビデの子孫から現れることが信じられていました。この期待にピッタリ当てはまるのがイエス様だったのです。

事実イエス様が、ダビデの子孫として生まれていることは、新約聖書の初めのマタイによる福音書のイエス・キリストの系図が明らかにしています。クリスマス物語でも、預言者たちの言葉どおり、イエス様はダビデの町、ベツレヘムにお生まれになりました。

イエス様は、しばしば「ダビデの子」と呼ばれました。エルサレムに向かう途中、エリコの近くにおいて、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と叫ぶ盲人の願いを聞かれ、見えなかった目を見えるようにしました。イエス様ご自身「ダビデの子」であることを否定されなかったのです。

では、なぜイエス様は、「どうして人々は、『メシアはダビデの子だ』と言うのか」と問うたのでしょうか。何が問題だったのでしょうか。小見出しには「ダビデの子についての問答」とありますが、イエス様の問いはあっても、誰も答えていないのです。けれども、イエス様ご自身が、44節で「このようにダビデがメシアを主と呼んでいるのに、どうしてメシアがダビデの子なのか」と語っています。これは初めの問いを繰り返しているように読めますが、『メシアはダビデの子だ』という人々の答えを否定して、「ダビデの子」ではないと答えているように読めます。

イエス様が言われたかったことは、「ダビデの子」という言葉そのものではなく、「ダビデの子」という言葉に対する人々の解釈の問題でした。つまり、多くの人々が「ダビデの子」という場合には、政治的、軍事的意味が多分に込められていたけれども、そうではないのだと、ここで語ろうとしている。

そのことのために、イエス様が用いられたのが、「ダビデの詩」と呼ばれる詩編110編でした。
「どうして人々は、『メシアはダビデの子だ』と言うのか。
ダビデ自身が詩編の中で言っている。
『主は、わたしの主にお告げになった。
「わたしの右の座に着きなさい。
わたしがあなたの敵を あなたの足台とするときまで」と。』

この詩編110編は、今日の旧約のテキストでもあります。今の箇所を詩編の言葉で読んでみると、1節は
【ダビデの詩。賛歌。】
わが主に賜った主の御言葉。「わたしの右の座に就くがよい。
わたしはあなたの敵をあなたの足台としよう。」となります。

「わが主に賜った主の御言葉」あるいは、「主は、わたしの主にお告げになった」というように、共に「主」という言葉が二つ出てきます。要は「主なる神」が、「メシアなる主イエス」に、「わたしの右の座に着け」と仰せになったと、ダビデがこの詩編で歌っている。「このようにダビデがメシア(すなわちイエス)を主と呼んでいるのに、どうしてメシア(すなわちイエス)がダビデの子なのか」。イエス様はそう言われているのです。だから、わたしは、あなたがたが考えているような「ダビデの子」ではないのだと、そう言われているのです。

しかし、それ以上に大事なことは、この言葉に真のメシアとしての意味、人々の考えをはるかに凌駕するメシアであることが語られているということなのです。それは、主なる神が主、すなわちイエスに「わたしの右の座に着きなさい」と言われたということです。人々がメシアに期待したのは、あくまでもこの世の王でしたが、この詩編110編で宣言されているメシアは、「神の右の座にお着きになる方」。すなわち、この世だけでなく、天と地を統べ治める権能を授けられる方だということ、人々のメシア観、偉大な王ダビデをはるかに凌駕する王になることが宣言されているのです。

実は詩編110編1節、イエスが神の右の座に就くという宣言は、新約聖書で最も多く引用されることになります。これをすべて引くいとまはありませんけれども、決定的となる箇所をいくつか引きたいと思います。

一つ目が。イエス様が捕らえられて、最高法院での裁判を受ける、同じルカによる福音書22章66節以下です。ここでイエス様は「お前がメシアなら、そうだと言うがよい」という尋問に対して、「わたしが何を言っても、あなたたちは決して信じないだろう」と言いながら、69節「しかし、今から後、人の子(すなわちわたし)は、全能の神の右に座る」と宣言されたのです。この言葉に対して、皆が「では、お前は神の子か」と言ったことで裁判の収拾がつかなくなり、イエス様はポンテオ・ピラトのもとに送られることになります。並行記事のマタイでは、神の右に座るという言葉を聞いた大祭司は服を引き裂き、神を冒瀆した罪とみなして、「死刑にすべきだ」と宣言しています。

また、マルコによる福音書では、イエスが復活された後、結びのところに出てきます。16章19節、「主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、神の右の座に着かれた。」マルコは地上のイエスをこのように結んでいます。

あるいは、使徒言行録では、聖霊降臨の日のペトロの説教ですけれども、「イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました」と証言して、昇天し神の右の座につかれたことを、聖霊降臨の恵みと結び付けて語っています。

また、ステファノは、殉教の際、聖霊に満たされて「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と叫びました。神の右に座すイエスが立ち上がる様を、ステファノは見ることができました。大いなる恵みが与えられて眠りにつくことができたのです。

また使徒パウロは、ローマの信徒への手紙の8章で、「イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです」と述べています。だからこそ、地上のわたしたちは呻くしかできなかったとしても、天上での主の執り成しによって、支えられているのだと。

ほかにも、エフェソ、コロサイ、ヘブライ、第一ペトロなど、様々なところで、「わたしの右の座に着きなさい」の御言葉が引用されています。そればかりではなく、わたしたちにとって重要なことは、使徒信条において「全能の父なる神の右に座し給えり」と告白される信仰の言葉になったということです。

そのような意味で、「どうして人々は、『メシアはダビデの子だ』と言うのか」という、ささやかな問いは、「あなたは神からのメシアです」というフィリポカイザリアでのペトロの告白を導いた「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」という問いと並んで、わたしたちの信仰の土台となる重要な問いとなりました。

ルカによる福音書を読んできたわたしたちは、エルサレム神殿の境内でのイエス様の言葉や、反対者たちとの間で繰り広げられた論争や問答を見てきました。すでにイエス様の公生涯の最後の1週間に入っているわけですが、これから起こることが、先立って語っていることに気づかせられるのです。

というのも、9節以下の「ぶどう園と農夫」のたとえでは、「息子をぶどう園の外にほうり出して、殺してしまった。」という言葉で明らかなように、ご自身が死ぬことになるということを告げています。27節では、文字通り「復活」について語られました。そして今日のテキストでは、天の父なる神の右に座すというように、イエス様は、ご自身の十字架から復活、昇天の御業を語ります。さらにこの後21章では、ご自身の再臨、終末においてなされる神の国の救いについて語られるのです。

今語ったイエス様の受難と死、復活と昇天、再臨については、キリスト教の教理、救いについて考える上で、とても重要です。そのときに、昇天と再臨の間にある「全能の父なる神の右に座し給えり」という一文の大切さを考えさせられるのです。

というのも、イエス様の誕生から昇天までは、過去の出来事です。今から2千年前に確かに起こった歴史的な出来事です。イエス様の再臨というと、まだ来ていない、これは将来起こる出来事です。では、「父なる神の右に座す」というのはいつの出来事かといえば、これは過去の話しでも、将来の話しでもなく、今の話です。わたしたちが誰かから、「今、イエス様はどこにいるのですか」と問われるときに、「全能の父なる神の右の座に就かれておられます」。そう答えられることが、わたしたちの信仰の証となるのです。

わたしたちは、戦争や大災害など、想像を絶する苦難を目にするとき、「神はほんとうにいるのか」そんなことを、簡単に考え、時に口にしてしまうことがあります。でも、わたしたちは、礼拝のたびに、天に昇られたイエス様が「全能の父なる神に座し給えり」と告白しています。これは信仰の言葉、わたしたちの信仰の宣言です。「神などいない」簡単につぶやいてしまうわたしたちのために、備えられた信仰の言葉なのです。

「神の右の座に着かれた」ということは、全能の父なる神が、ご自身の支配をイエス様の手に委ねられたといことです。イエス様はどこかに行ってしまわれたのでも、横になって眠ってしまわれたのでもない。天にいます神の右の座にいて、わたしたちのために執り成し、わたしたちの生活のすべてを導いてくださっています。ステファノが殉教の際に、イエス様が右の座から立ち上がられたのを目撃したように、わたしたちが危機の時には、立ち上がり力を尽くしてくださるのです。

マルティン・ルターは、イエス様が天に昇り父なる神の右に着かれたことを指して、「キリストが一番近くにある時が一番遠く、一番遠くにある時が一番近い」と言いました。なぜなら、ペンテコステの日にペトロが宣言したように、天にいます父と子から聖霊が、わたしたちの助け主として送られたからです。そのことで、イザヤが預言した「インマヌエル」、「神われらと共にいます」の御言葉が実現したのです。